観光地旅行記
トルコ旅行の紀行文(by 風 魔さん)
私は、2007年12月この旅行サイトに登録してから、まだ一度も旅行記を書き込みしておりません。
最近1年間の海外旅行の渡航先は次のとおりです。
1.2007年11月(10日間 ) … 地中海クルージング(スペイン.フランス.イタリア)
乗船…ボイジャーオブザシーズ号
2.2008年1月(6日間 ) … バリ島観光(すべて自由行動で、観光地めぐり)
宿泊… ザリッツカールトンホテル
3.2008年6月(13日間 ) … トルコ周遊旅行(国内3分の2ほど観光し、ホテルは2連泊づつで、日本人添乗員と現地ツァーガイドが付いて、世界遺産、歴史・文化遺跡 をゆっくり見学)
私は、この1年間で、およそ1ヵ月間海外旅行に行ってきました。今後は、旅行先で思ったこと、感じたことをこのサイトで情報を発信してゆくつもりです。とりあえず、直近の6月に訪ねたトルコの「紀行文」から紹介します。(これは私が、「静岡新聞の読者投書欄・9月4日朝刊」に旅行の紀行文を、投稿し掲載されたもの)
[ トルコ旅行の行程
] 2008年6月14日〜26日・13日間
トルコ国内の約3分の2を周り、バスの走行距離:1825km
移動手段 : ⇒飛行機 →バス
*イスタンブール⇒ イズミール
→ クシャダス →
(ホテル 2泊)
パムッカレ → アンタルヤ → コンヤ →
(ホテル 1泊) (ホテル 2泊)
(ホテル 1泊)
カッパドキア → アンカラ ⇒ イスタンブール
(ホテル 2泊)
(ホテル 2泊)
「ゆとり満ちたトルコの人々」
私は、最近トルコへの観光旅行を通して、日本との社会、文化、生活環境の相違点などを見聞し、さまざまな思いにとらわれました。まずトルコは、経済的に第一次(農林・漁業)、第三次(観光などのサービス業)産業主体の社会構造であり、産業生産分野での工場、製品運搬のトラック等が少ないので、大気は澄みわたり雲ひとつない紺ぺきの空など、大自然がそのまま残っていました。バスの移動では、40〜50キロ先まで全視界岩山、低木のみの遠景が望まれ、昔のラクダの隊商が、今日は「あの山のふもとまで」と一日の行程を決めて旅したと思うと、なにか心まで大きくしてくれました。また、日中路上の木陰のテーブルには、チャイ(紅茶)を飲む男性が多数いて、のんびりした時間を過ごしていました。そして、トルコでは「小学生の自殺がない」というツァーガイドの言葉は、ゆとりのある生活のあらわれだと思いました。一方、日本のように「マネー」主体の商業主義が便利な社会をつくり上げたが、はたして私たちは、本当に「ゆとりある幸せな生活」を送っているのでしょうか。町や村の「イスラム教」のモスクからは、定時にコーランの祈りが流れ、屋根の上にはコウノトリの巣があり、暑い中懸命に子育てしている親鳥の姿が印象的でした。
鳳凰 -中国西南の旅-(by ryoさん)
凱里からまずは湖南省の懐化まで行く。硬座で42元。
凱里18:30〜(玉屏20:50)〜懐化22:30
夜に懐化駅に着き、客引きについて行ったがこれがまずかった。駅を出て右側の安宿ばかりのビルの上のほうに連れて行かれたのだが、一泊68元も取られた上、シャワーのお湯も満足に出ず、布団が固いので掛け布団にくるまって寝た。そのうえ深夜に人が勝手に入ってきて小姐、小姐とうるさいし、だいたい金だけふんだくろうとする連中だったのでさっさと追い出して寝てしまった。と思ったら今度は朝6時に掃除をするから出て行けという。まったく気違いのような宿であった。
懐化から鳳凰までのバスは33元だった。バスの休憩が終わった後、隣の座席の人が置いて行かれてしまい、走って追いかけてくるという一こまもあった。中国のバスは、人を待たないらしい。
懐化9:30〜鳳凰13:20
鳳凰は「世界ふれあい街歩き」で見ていた。TVだから、さも秘境のように見えるが、実は街全体が土産物屋、客桟とレストランでできているような、大理、麗江級の観光地だった。何で『地球の歩き方』に載っていないのか不思議。ふらっと入った文星客桟の小姐は、日本人だとわかると「キャー!握手してください!」みたいに握手をされ、中国語のレクチャーをされたり、家族中に言いふらしたりしていた。日本人が鳳凰に来ることがそんなに珍しいのだろうか。結局、一泊40元で2泊まることにし、明日は周辺のツアーに参加することにした。
【旅行時期】2008/10/22~2008/10/22
【エリア】
湖南省
【テーマ】
【投稿者】
ryo
みちのく一人旅?-19土砂降りも人波切らさぬ金色堂・中尊寺(by WT信さん)
観光バスはこの観光コースのメインイベントでもある金色堂へ。
私が長いことここに来ることを待ち望んだ金色堂。
だが雨は一段と強くなる。
この雨では芭蕉も出かけるのを躊躇したであろうと思われるほどである。
ガイドさんもこれでも行きますか?という風情を見せる中バスを降りる。
驚いた事に雨模様と杉並木の大木で薄暗い金色堂への参道は、傘を差した人の行列で埋まり、新覆堂の屋根が傘越しにやっと覗いて見えた。
しかし薄暗い参道を抜けて新覆堂に入ると、そこは堂の全てが漆の上に金箔が施された皆金色の別世界が広がっていた。まさに金色堂。
奥州藤原氏の初代清衡が長年の戦乱で亡くなった人の供養と、平和な仏国土を願って、21年の歳月を掛けて築いた中尊寺の大伽藍(1126年完成)の内、今に残る唯一の遺構がこの金色堂。
・・光堂は、三代の棺を納め、、三尊の仏を安置す。七宝散りうせて、玉の扉、風にやぶれ、金の柱、霜雪に朽ちて、既に、頽廃空虚の草村となるべきを、四面、新たに囲みて、甍を覆いて風雨を凌ぐ。暫時、千載の記念とはなれリ。『おくのほそ道』平泉
堂の真中に阿弥陀如来坐像、その周りを幾重にも仏像が取り囲む。全部で32体有るとのこと。
仏像の下には鳳凰で飾られた須弥壇があり、中央に初代藤原清衡、向って左に2代目基衡、右に3代目清衡と4代目泰衡の首級が納められているらしい。
人波に押し流されて、金色堂を出、脇に芭蕉の「五月雨や・・・・」の句碑が建つ「経堂」、芭蕉像が見守る「旧覆堂」、中尊寺の北方鎮守・白山神社の境内にある、静かな佇まいの能舞台、菊の花で華やかな装いの中尊寺本堂等と廻る。
バス停留所への帰路、参道の月見坂を見下ろす蕎麦屋でとろろそばの昼食。
山門の前の広場に置かれた、黄色の菊の花に一面覆われた金色堂の模型も、秋雨の中やや寒げであった。
バスは次の観光地「毛越寺」へ。
【旅行時期】2008/10/24~2008/10/24
【エリア】
平泉
【テーマ】
【投稿者】
WT信
イタリア周遊11日間〜【Roma】(by しゅいのすけさん)
すべての道はローマに繋がっているということで、
ホントにローマに着いちゃいました。
街が全部観光地ってすごいよなと思いつつ、
永遠の都に足を踏み入れます。
【宿泊】Hotel Gurio Chesare
【交通】Eurostar Italia (Firenze - Roma Telmini)
Alitalia Airlines(FCO-NRT)
【旅行時期】2007/03/08~2007/03/12
【エリア】
ローマ
【テーマ】
【投稿者】
しゅいのすけ
Italy周遊11日間〜【Venezia】(by しゅいのすけさん)
やっぱり世界でここだけだよねー。
交通手段が船のみの都市は。
貿易国家として栄えたここも、今では世界的な観光地な訳で。
【宿泊】Palace Bon Vecchiati
【交通】Eurostar Italia (Milano Chantrale - Sant.Lucia)
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